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min628

Author:min628
いつまでたっても上達しませんが、文鳥や野鳥の写真を撮るのが好きです。ときどき本について書くことがあると、長くて読むのがたいへんです。すみません。(鳥鳥文鳥とは、鳥話の間に時々長文が入るという意味だったらしい)
通称(文鳥の)世話人と呼ばれています(←飼い主とは認めてもらっていないらしい)
写真はサムネイルです。クリックで拡大します。

宮城県からブログを発信するカモミールさん
被災地に残ったバードテーブルです。 サムネイルをクリックすると記事にジャンプします そこからトップページをクリックすると最新記事が読めます 被災という事態から3年たってしまいました。復興はまだまだですが、カモミールさんは元気です。いまも、東北をレポートしてくれています。ぜひ訪問してください。忘れない、東北。
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東日本大震災の「あの日」のこと

Sun.18.09.2011 2 comments
文鳥ブログに来てくださるかた、すみません、その後のことをご報告できないままですが、いましばらくお待ち下さい。
今回は「本の紹介三題噺」です。

もう半年なのか、まだ半年なのか、被害状況や復旧状況によって実態は様々だと思いますが、今ようやく、「あの日」からのことが、本となって姿をあらわすようになりました。カモミールさんや、ほかの被災されたかたによると、当日は何が起こったのか、どのくらいの範囲で被害があったのかわからなかった、ということを聞きました。「ここだけなのだと思った」「よその被害は一週間後にテレビで知った」など。ライフラインが絶たれ、情報も入ってこないのですから無理もありません。

「6枚の壁新聞」 石巻日日新聞・東日本大震災後7日間の記録

そんななか、なんとか情報を提供しようとした新聞社がありました。石巻日日新聞。
社屋はなんとか残ったものの、新聞を印刷することは出来ません。彼らのしたこと、それは手書きの新聞を作って避難所などに届けることでした。しかも、印刷できないから、避難所の数だけ書くのです。「あの日」から6日間、手書きの壁新聞が避難所やコンビニなど人の集まるところに7枚ずつ張り出されていきました。

津波にのまれ、浮遊物に捕まって一晩過ごし、自衛隊に救助された記者、後ろから津波に追いかけられ、やっとのことで高台に逃げ延びた記者。皆が被災者なのです。なのに、まず取材にでかける!このことにまず驚きました。
そして、その場にいた人の語る「あの日」のこと・・・。
私は一緒に被災しているような感覚に襲われました。被災したこともないのに、、「あの日」が自分の中にやってくるのです。
社長の近江さんは、事実を記録していたにすぎないのですが、その事実があまりにも重い。しかもどこまでも広範囲に広がっているのです。6人の記者が体験した、それぞれの震災も、個々に書き留められているので、同じ時間に誰がどうしていたのかわかる構成になっているのも、リアルな臨場感がありました。

「詩の礫」 和合亮一

福島から発信されたツイッターによる詩人のつぶやき。

「放射能が降っています。静かな夜です。」
「しーっ、余震だ。何億もの馬が怒りながら地の下を駆け抜けていく」
「明けない夜はない」


福島という孤独を担って、詩人は発信し続けました。絶望の果てから、詩がなんの救いになるのかを問い続けました。これは、ことばを使って戦い続けた2ヶ月間の、詩による震災記録です。
・・・どの言葉も辛くて心に刺さります。でも不思議と痛みはありません。鋭いけれど、それは私たちに向けられた怒りではありません。地震の、原子力発電所の災害に、向けられたものです。悲しみが、苦悩が、なにより和合さんの力が伝わってきます。詩は被災者を直接救うことは出来ないかもしれないけれど、救いたいひとのこころを動かします。極限の淵にあっても、こんなに力強い。そしてあたたかい。震災という事実を超えた真実が語られていると思いました。
その後に書かれた詩が「詩の邂逅」となって、朝日新聞社より出版されています。

私はツイッターのアカウントを持っていませんが、震災時、娘のツイッターを読むことで行動を知ることが出来、とてもありがたかった。ツイッターは、人と人とを結び、大きな力になるコミニュケーションになるのでしょうか。
和合さんのフォロアーは一万人を超え、まだ増え続けているそうです。

「地震イツモノート」 渥美公秀  

東日本大震災後、一時品切れになっていたようですが、また増刷されて手にはいるようになっていました。寄藤文平さんの挿絵とあいまって、さらっとして読みやすい防災の本です。「淡路大震災の被災者167人にきいたキモチの防災マニュアル」という副題の通り、これは体験に基づいていますが、それをもとにわかりやすくシステム構築してあります。
地震に備えよう、という本はたくさんあるのですが、「イツモ」防災意識を持って「モシモ」のときに備えていよう、という考え方に共感しています。
被災者の体験を知ることは、じぶんが被災してもし生き残ったら・・・というそのあとに、なにが始まるのかということを知ることです。食べるもののこと、寒さからどうやって身を守るのか、避難所でのマナー、など。水道も電気もない、原始に帰った生活なのです。そこに大勢の人が秩序を持って暮らす方法が、ここには書かれています。

「あの日」何が起こったのか、私たちはいやというほどテレビや新聞で見せられました。そのなかに、ひとりひとりの生活があり(またはあった)ということよりも、破壊し尽くされた世界が映し出され、それが毎日繰り返される日々に打ちのめされてきました。復興をささやきながら、それでも映像を映すしかない媒体に、私は未来を見いだせませんでした。
報道写真集や、写真家による写真集もたくさん出ましたが、どのページにも焼き付けられる刺激的な光景は、テレビとおなじでした。
そして今やっと、私の耳にひとりずつ、人々の声が聞こえてきました。「誰かのために」活動するひとたちがあちこちから、ツイッターやフェイスブックで、または本のかたちをとって。私は文字によって知る震災にこころを打たれます。そこで何が起こったのかを語るひとたちのことばはおひとりおひとり皆違っています。そしてなにより、肉声の分だけあたたかいのです。
声は希望を紡いで、糸はだんだん太くなりつつあります。
私はこれからも、そういうひとたちの声を聞いて、自分に出来ることを探していきたいと思いました。

ラジオで永六輔さんが言っていました。「今、なにかしたい、という気持ちも大事だけれど、無理に今しなくてもいい。その気持ちをずっと持ち続けることの方が大事です。そのときが来たら、行動すればいいのです。」と。
忙しい今の自分の言い訳みたいですが、忘れずにいようと思うのです。










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2 comments
新聞の使命
今さらですが、minさんのブログを遡って読みました。
私のことも心配して下さってありがとうございます。
震災当時のニュースや動画も、ネットが使えるようになった今、
あれこれ見ているところです。

震災翌朝、避難所に号外が届いたのには驚きました。
よくあの状況下で発行され、そして配達されたかと・・・。
あの時、一面記事を見て思わず泣いたことを覚えています。
翌日移動した避難先は新聞さえもなく、全く情報なし。
私が持参したその号外を、皆さん奪い合うように見ていました。
この石巻の新聞の件は、先日「情熱大陸」で放送されてましたね。
残念ながら見そびれてしまいましたが、記者魂には感動します。

シロちゃんのこと、きちんと伝えて下さって良かったです。
ここで見ていた子は、やはり私も見送りたいですからね。
これからも思い出話など聞かせて下さいな(^-^)
Re: 新聞の使命
カモミールさん
カモミールさんも地震の一報を新聞で見られたのでしたね!やはり、情報は重要かつ必要なのですね。カモミールさんの涙をおもうと、私も今、切なくなります。
石巻日日新聞、情熱大陸に取り上げられていたのですか!知らなかった~。私も見損ないました。
新聞記者のかたたちは、あたりまえのように取材し、事を書き、新聞を届けようとするのですね。思えば、ほかにも役所の職員、医師や看護師、介護士さん、消防団や警察官、コンビニやマーケット・・・などなど、みんな自分が被災しているのに、それでも仕事を続けた人たちですよね。「自分ではないほかの誰か」のために働くこと、それが出来たことに驚きと感動をおぼえました。
毎日毎日テレビに溢れていた震災の様子。そのうちに、辛すぎて見ていることができなくなってしまいました。でも、宮城の親類のことは気になるからつい、見てしまう・・・。そんなことを繰り返していたら、そうとう参ってしまいました。今は慣れ親しんだ活字やラジオで情報を得ることが多いです。

しろのことも気に掛けていただきありがとうございます。これまで散々ブログに書いてきたので、もうとくに付け足すことがないくらいです。良かったら、リンクから「文鳥の日々」をご覧下さい。しょうもないことばかりで恥ずかしいけど・・・(汗)
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